ちゃんと走ってるってばあ!


 三十代の頃、一時ですがイトヒロが監督する草野球チームで、選手をやらせていただいておりました。ストライクゾーンの狭いわたしがバッターボックスに立つと、たいがいフォアボールをゲットできて出塁するのですが、かなり一生懸命に走っているわたしに、「歩いてんじゃねぇー、走れ走れー!」とよく怒鳴る非情なチームメイトでありましたね。

 というのも、わたしの次にバッタボックスに立つ選手は、どんなにヒットを打っても前を走るわたしが邪魔(追い越すと、もちろんアウトです)で、自分の成績がアップできない……という身勝手なひとたちで構成されておりましたので。しくしく。

 敵は拍手喝采してくれるのですが、味方からは罵声を浴びる孤独なランナーというのが、そのころのわたしの立場であります。

 そんな大人に育ってしまったわたしですが、子どものころはアウトドア派でした。山を駆けてそこらに成る実を勝手にもいで食べ、田を駆けては勝手に燻るもみ殻にサツマイモを忍ばせて焼き芋を作り、土手だって駆けまわったついでにノビルを採って父の晩酌用のつまみを手みやげに帰る孝行娘でもありました。あの頃の子どもはみんな野生児でしたね。

 家の横を流れる川での釣りは、川の上に伸びたイチジクの枝先がわたしの定席でありました。釣り用のミミズだって近所の畑で自分で捕ったし、蛙の皮を剥いで、それを餌にザリガニも釣りました。

 しかし、捕った覚えと、茹でられたザリガニの真っ赤な色は思い出せるのですが、味は思い出せません。好きだったのか、嫌いだったのかさえも思い出せません。でも、ノビルは好きでした。軽く火で炙って醤油をつけて食べるのですが、小学校低学年の舌にも美味しい物で、今だって目をつぶってそれを食べてもノビルと当てられるでしょう。


 で、そのころ地面の中にいる蜘蛛を用もないのに引きずり出すのが遊びでもありました。その蜘蛛は袋に入っていて、地上にその先が見えていたのです。そう、左の写真のように。これがあの時の蜘蛛の袋じゃないかと、懐かしくって引っこ抜いてみたのですが、途中で切れて失敗しました。失敗してしばらくすると、また袋の先が地上に現れます。棒で鉢植えの土をぼりぼり掘り返してみたのですが、蜘蛛にはたどりつけませんでした。

 四度目の機会を待っている春と誕生日が間近になった、三月です。