かわいそうな母。


 生まれてこの方、お米とお茶っ葉(日本茶)のためにサイフの口を開いたことのない恵まれた環境にいる。

 親がお百姓さんやってて、毎年、わたしたちの分も勘定に入れて田植えをしてくれている。だから、「米がなくなりそう」「お茶っ葉もそろそろかな」「味噌もだ」「梅干しも」「らっきょうも」と電話をすると、数日後には宅配便で届く。箱の中にはそれらのついでに、季節の野菜や食べ手のない菓子なんかも入っている。ありがたや。

 農家といっても、今では自分らの食い分と親類縁者分程度の米や野菜しか作っていない規模ですが、爺婆の時代からつづくお百姓です。その前は知らない。

 家にいた頃、ミカンは納屋に山とあって、家の中にもゴロゴロ転がっていた。食べるときはいつも一気に七、八個。それくらい食べないと食べた気がしないくらいに傲った口に育ってしまったのが、今は少し災いしている。子どもの頃は冬の間ににミカンを煮詰めて濃縮ジュースを作り、夏にはそれを水で薄めて飲んだ。濃縮ジュースが一升瓶の中で醗酵していたような記憶があるが、ミカンのどぶろくなんてあるんだろうか。

 以前は黙っていても送ってきたミカンなのに、ここ数年は頼まないと送ってこない。クラマエが食べたがるので、たまにスーパーでミカンを手に取るが、一度にたくさん食べるとなると、お安い値段じゃない。それに重いし……。それでも、年に二、三回買う。

 いつの間にか、両親はミカン作りをやめていた。それでもミカンが送られてきていた
のは、近所の人や親戚がたくさんくれるので、それらが回ってきていたのだ。残念なことに、いつの間にか梅も作らなくなっていた。訳を聞くと、山に怪しい人が出て、怖いんだそうだ。ピンク色の帽子を被って農作業していたら変なオトコが近寄ってきたので、カマを手に振り返ったら驚かれた、と。カマに驚いたんだか、ピンクの帽子の下の顔に驚いたんだか不明です。

 母はあげたりもらったりするのがとても好きで、「おいしいっ」と言われるのが何よりもの彼女の誉れで、エネルギーになっている。だからなんでも大量に作る。冬にはたくわんと白菜の漬物が何度も送られてきて、わたしのヌカ床は冬になると役を失っていつもダメにしてしまう。今年はそのたくわんと白菜の漬物の送られてくる量が少なく、年の初めに早々と終了宣言を受けてしまった。訳は「盗難」。

 母の畑から友人が野菜を採っていくことを、彼女はよしとしている。採っていった報告は必ずあるし、正しく採られているからだ。昨年の暮れ、畑から大根がごっそりと盗まれた。今年にはいって、残しておいた白菜も全て盗られた。

「葉っぱのクズさえ残っていなかったよ」と。

 今年は「おいしいよ」と言われた回数が、かなり少なかったらしい。で、聞けば、野菜だけでなく、一晩だけ放置したワラまで田んぼから盗まれるんだそうだ。近くに貸し農園ができて、そこの借り手が農園用に持っていっちゃっているらしい。置く野菜のなくなった無人販売だが、お金入れのところだけは荒らされつづけているとも言う。

 あげる物がなくなってしまって、最近ちょっとかわいそうな母です。

 うちの近所の野菜の路上販売所、野菜を選んでいると、どこからともなく持ち主が現れるようになった。昨年からだが、ここも無人ではいられなくなったんだろうか。