ちょっと不便。


 母と電話で話すたびに、父親の「やったことや言ったことを忘れる」を、ボケが始まったんじゃなかろうかと嘆かれる。そういう母も一回の電話の中で同じ話を三回も四回も繰り返す。70を過ぎてるんだから……となだめるが、父親の物忘れは母に不便をもたらしているようだ。

 わたしはクラマエの物忘れのひどさを心配はしていない。昔からそうだったし、それが以前より多くなっただけで、同情はするが、それをいちばん不便に感じているのは本人だから。
 あたりまえのことだけど本人が好きなものは、感心するほどよく覚えている。
 たとえばクルマ。わたしには同じに見えるフォルムのクルマであっても、すれ違っただけであれこれご託を述べる。あのクルマのデザインはどうのライトの形がどうの、あのクルマのエンジンはどうの荷台の広さや全長四メートルいくつ……とか。それらは、わたしには五十歩百歩の違いの流線型にしか見えないクルマの細部をよく暗記している。

 それと有名人偉人さんはもちろん、それ以外の人名も比較的得意分野で、ひところわたしも母と同じようにそんな名前を覚える前に、パジャマの置き場所を覚えろ! と愚痴たこともありました。が、自覚あるなしはわからぬが、覚えると自分で取りにいかねばならない……の拒絶反応のあらわれじゃないかと気づいた。
 テレビで美しい女性を見て、「彼女は伊藤美咲か?」とか、あれこれ名前は出てきてクラマエにはたくさんの種類のイトウミサキさんがいるようです。どうも顔の識別は不得手のようだ。わたしは時に不便を感じるほどに顔は覚えられるのに、名前は苦手です。これは友人夫婦からも同じ症状を聞いたので、オトコとオンナで、得て不得手の分野があるのでしょうか?

 まぁ、それは置いといて、今朝早くに取材に出かけたクラマエですが、昨夜荷作りしていた場所にカメラがあります。
 いいんでしょうか? 必要がなくって置いていった物なのか不明です。台所にはクラマエに忘れられたペットボトルがあります。今朝自分で水を詰めていたので、忘れ物なのはあきらかです。クルマで出かけたので、水分補給にちょっと不便していることでしょう。

 ヒトのことをチクってる場合じゃないわたしは、キッチンマットを取りにいったついでにトイレにはいったら、本題を忘れて台所に戻らねばならなくなってしまった。トイレがついでの作業であることはしっかりと覚えているのですが、ウ〜ム、と本懐を遂げられない気持ち悪さを引きずって戻らねばならなくなった。なかなか思い出せなかったのですが、台所に立ち、足元にマットが必要になって思い出した。
 ついでをいつも心がけて作業の軽減化を狙っているのに、不本意ながら一回ですむことに二往復した。それでもいいかな、ちょっと不便だけれど。

 今回のボルネオ行きでは、現地に到着前にガイドブックを紛失してしまった。正確には、飛行機の乗り換えの際、機内に置き忘れてしまったのだ。深夜の空港で、記憶にあったひとつのホテルの名を告げてタクシーに乗った。あいにくそのホテルに空き部屋はなかったが、筋向かいにホテルを見つけ投宿した。料金は半額だったので、ちょっと得したのかな。ガイドブックは街の本屋で英語版を購入し、難はクリアできました。出費は痛かったけど。