独り相撲。


 あんたに言われたかないやいっ──とテレビに向かって悪態つくことが、増えた。

 下品だな……と雀の涙ほど自粛するときもあるけど、概ね「ねっねっ、そうだよねっ!」と周囲に同意を求めてることが多い。テレビのこちら側で勝手に怒ってリモコンを手に取る。替えたチャンネルで「あっ、こいつのコメントも嫌いっ!」とまたまたリモコンをテレビに向けて、ときどきココロを鎮めるためにコマーシャルをハシゴする。
 そんなんだったらテレビを消せばいいのに……と思われましょうが、悲しくもテレビっコであります。

 知人にその話をしたら、それは加齢症だと言われた。
 ふーん、そうか。正論ばっかり吐く解説者、言っても言わなくてもいいようなコメントをするキャスター、あんたナニモノよの生意気な言いぐさに、カチン!コチン!と、テレビのこちら側で勝手に憤慨し、罵っている。返答のないテレビの前で、まさにわたしは独り相撲をとっているのだ。

 勝手に配置替えしないでよっ!
 
 スーパーマーケットでも、ときどき独り相撲をとる。
 意図はわかるのですが、商品の位置を替えられると、忙しい合間をぬって買い物をしている身には、実に鬱陶しい作業が追加される。レジの女性に場所を訊こうとしても、忙しくレジ打ちしているそれを中断させるのは忍びないし、横入りみたいで他の客にも失礼だよな。魚コーナーのお兄さんに、中華素材のありかを訊いても首を傾げられるだけだし。で、店内をグルグル歩きまわっているとイライラがつのって、目の前にあっても気づけない。勝手に泥沼を掘って溺れる。

 ちょっと小さな店、たとえば美容院とかラーメン屋に入ると大きな声で「いらっしゃいませーっ」と言われるが、あれがたまらなく嫌いだ。余裕があるときは、そのままなにも買わずに出る。店の奥で誰かの髪を洗っていて、来た客の顔も見ずに、ドアが開いた気配だけであの反応あのかけ声はムッとくる。食堂の奥の厨房からも聞こえることがある。ささやかな抵抗で踵を返す。

 エスニック食材やコーヒー豆が比較的安いのでよくいく店がある。同じ食材が階下のスーパーマーケットでも売られているのだが、その店の方が安い。だけど、安さと引き替えに我慢しなくてはならないことがある。
 とってもウルサイのだ。
 店員が大きな声で商品の名を連呼する。「今日のおすすめひーん……」と生声でアナウンスしていて、音は声だけじゃなくって音楽も流れていて、心臓がバクバクするほどに苛立ち、いたたまれなくなることがある。田中真知さんのように音の品位を聞き分ける耳のせいじゃなく、本当に物理的にウルサイのだ。
 サービスのコーヒーを入れながら、商品棚を整理しながら、店内を歩きまわりながらあれこれ一本調子で喋っている。独り言を強引に聞かされているようで、そんな店員に、もう少し小さな声で言ってくれないだろうかとお願いしたが、ダメだった。
 こんな苦情を言うのははわたしだけですか? とも訊いてみたが、そうじゃないらしい。そのアナウンスで「今日のサービスひーん」の情報をゲットしてラッキーと思う人の方が多いのでしょうか? ゴマ油を買いに行った今日もウルサイのでありました。

 最近、商品棚が高くまで伸びているように感じる。これはわたしの背丈にも問題があるのですが、そういうときはわたしより背の高い客を近辺に捜す。そして「あれをとってもらえませんか」と、アタマを下げてお願いするのですが、不思議なことにたいていかなりムッとしている気を放ちつつふり返られる。
 訳がわからない。
 取ってもらって、ありがとうございましたと礼を言う頃にはその人の心も静まっていて穏やかな関係になれるのですが、見知らぬ人に声をかけられたり頼まれごとをするのがそんなに不本意のことなのでしょうか?

 今日も例の騒々しい店で高い棚の上のゴマ油が取れなかったので、近くにいた客に声をかけた。今日の彼女もムッの気を放ちつつふり返る。いつものことなので、それは無視してお願いした。わたしに手渡そうと向き直ったとき、彼女はわたしの脇に大安売りのゴマ油を見つけた。ふたりでゴマ油のビンを取りあげ、わたしの手にあるさっきのゴマ油と見比べた。渡されたゴマ油と同じ名があり、やや大きいのに値段が半額近い。彼女はさっきのゴマ油をわたしの手から取り、高い棚の上に戻した。買う予定などなかったろうゴマ油を彼女もカゴに入れてた。
 彼女とわたしのダブルラッキーな日でした。