怪しいバレリーナ。


 最近、歩いていると、カラダの中からカキコキカキコキ、コリコリ……と音が聞こえる。耳から聞こえるんじゃなくって、後頭部あたりに響いてくるような感じだ。特別不快な音でもなく、どこかが痛いわけでもなく、カスタネットを軽く叩いているような、木魚をぽこぽこ叩いているような乾いた音で、ちょっと楽しい。

 が、もしかして、この音は関節の脂ぎれが出している音なのだろうか、心配した方がいいのだろうか、コラーゲン不足ってやつだろか。今のところ不具合を感じていないので、後頭部に響く音を楽しんでいる。
 誰にも聴かせられないのが、惜しい。後頭部でカキコキカキコキコリコリコーンコーン……、ちょっとマリンバの音色の小気味よさがある。
 銀行まで行って来たさっきは、クリクリクリって響いてきた。

 もしかしたら、これって加齢症の音色なんだろうか。音色だけなら、加齢症も悪くない。

 実は、ちょっと痩せた。健康を考えて遅くにとる夕食をやめて、6時前に食べている。そして朝飯の量を増やして、午後に食べていた空腹しのぎのおむすびをやめた。減ったのはご飯の量だけで、エンゲル係数は減っていない。
「痩せた」と言って周辺の友人知人に言い振りまいているが、体重は4キロくらいしか減っていない。一時は6キロ減ったんだけど、同じ食生活を続けているのに2キロ増えた。ナゼだろう?

 思うに、カラダがわたしの策略に気づいてしまったんだ。毎日同じことやってちゃダメなんだ。カラダを騙さなくては。
 同じ運動をしているとカラダが慣れてしまって運動にならなくなり、もっともっと……とカラダがせがむ──そうだ。とどまることを知らぬ欲望……って、ちょっと違うか。
 で、事務所まで自転車で来たり、歩いてみたり、日常にバリエーションをもたせてるんだが、増えた2キロに減る気配はない。
 ひと月ほど前、やけに歩きづらいと足元を見ると、サンダルの爪先部分から足先がやけに飛び出している。足が小さくなったのでベルトの穴をひとつ詰めて、嬉や。リサイクル箱に放り込んでていた、履けなくなっていたジーンズのボタンが閉じた。敗者復活で嬉や。

 今、『シルクロード』の改訂版制作の追い込みにかかっていて、コンピュータの前で固まっている。もう長いこと固まっている。思えば、昨年から固まっていて、春に新しく買ったコンピュータも、脇でわたしからの命令を待ち続けて固まっている。今は外付ハードとしてしか使えてない。
 あーあ。猫に小判、豚に真珠、宝の持ち腐れ……中古のコンピュータだけど。『シルクロード』を印刷所に入れられたら……と待機中のお楽しみが山盛りで、今にも崩れそう。

 そこで固まったカラダをイスから剥がし、コンピュータの前で踊るのを楽しんでいる。クラマエには不気味がられているけれど。かまわない。
 手足をめいっぱい伸ばして目を閉じれば、わたしはバレリーナ。数カ月前に観た『バレエ・カンパニー』の映画のシーンがアタマに浮かぶ。ちょっとのけ反り返りたくなるが、後ろのキャビネットに手が足がぶつかる。台所でお湯の沸くのを待ちながら、カラダを捻って足をあげて、気分はバレリーナ。腕や腰をくねくね揺らせてクラゲの気持ち。

 わたしには母からきつく言いつかったお決まりがある。
 それは「人前で決して歌を唄ってはならない」というものだ。歌好きの母に似ず、音痴の父親似のわたしの歌は、「念仏のようだ」と母から言われ続けて育ったのだ。だから、思うに、音感のないわたしの踊りも、クラマエが言うように「不気味な動き」でしかないんだろう、というのは容易に想像がつく。うちにも事務所にも鏡がないので、確かめられないのだが。まあ、いいや。わたしは禁断のバレリーナ

 先日、グレゴリと近所を歩いたのだが、ついカラダが動いてしまう。腕をアタマをクネクネさせて歩いたら、彼女もやっぱり「不気味だよ」という。それで、わたしみたいに怪しい動き付きで歩いている人を見かけることがよくある、らしい。
 そうか、わたしだけじゃないんだ。後頭部から聞こえてくるコリコリカキコンカキコンコンコン……で、ついカラダが反応してしまうのかも。不幸にも音痴が災いして、怪しくなっているだけなので、ご心配なく。
 
 痩せた──と吹聴しているが、言っておくけど世間並みになったわけではない。残念ながら。