夢中に中毒。


 咳は止まった。やれやれだ。

 咳がわたしに残していったもの……。体重2キロの削ぎ落としと、ガムを噛むクセ。

 ガムなんて長いこと嫌いだったのに。咳が出て苦しかったので、のど飴をなめていたら歯が痛くなってしまったのだ。それで薬局ですすめられてガムにした。飲み込んじゃいけないものをいつまでもクチャクチャやるのはかなり無駄な作業だと思ってたのに、しっかりクセがついてしまって、いやはやだ。
 だけど、今さっきの一粒で、それを最後とし、噛むに夢中から足を洗った。
 どうも、わたしの熱しやすく冷めやすい質がこういうところにまで表れ、面倒がくさいったらありゃしない。カトマンズから帰ってきたあたりからさっきまで、かなりの量のガムを噛んで、口の中を寒くしてしまった。寒気が戻って外ではみんな震えているというのに、ミント味のガムでカラダの中で寒気団までも発生させ、外と中、両方から寒気に襲われてる。
 因みに、先日、誤ってミントティーを飲んで震えた。さすが暑い国で愛飲されているミントティー、冬に飲むもんじゃないな。

 そうだ、夢中と中毒、どう違うんだろう。

 ずっと昔々、ダイエットの虜になった。摂取カロリーに気をつけてエアロビクスをやったら、面白いように体重が落ちた。そのちょっと前、うちにいた居候が、仕事に励むわたしの後ろで砂糖たっぷりのチャイを入れてくれたり、ハチミツやら小倉クリームたっぷりのパンケーキで応援してくれ、掃除も料理もお任せの日々を過ごし、体重をぐんぐん増やした。
 彼らがいなくなってから増大した体重を削減すべく、油少量の料理、マヨネーズや油たっぷりのドレッシングなんてもってのほか、サラダなら塩やらレモンで、ほうれん草のお浸しにだってしょう油なしにかえた。
 ほぼ毎朝5時起床、6時から昼まで仕事し、それから体操にいって帰宅してから届け物や打ち合わせ、夕食は7時前にすませて、夜も12時近くまで仕事した。

 そして体重が40キロを下った。
 だけど、ちっとも美しい肢体になっていない。
 そうなんだ、イメージ通りに痩せるとはかぎらないんだ。肩と腕と脇腹がガリガリになって、お尻も小さくなったというのに、腹と腿と頬はいつまでもふっくらしていた。
「30歳を過ぎれば、嫌でも顔は痩せる」とサウナ室で慰められたけど、当時、わたしは30歳だった。
 時々、飢えたカラダは毒を欲し、仕事を終えてくたくたになっているわたしに深夜のコンビニをはしごさせた。

 はしご……、で思い出した。学生時代、酒好きの友人が酒屋をはしごしていた。飲み屋じゃなくって、酒屋。学生だから飲み屋をはしごするほどお金はなく、だから酒屋で酒を買って飲んでいたんだけど、一升瓶なんてすぐに飲み終えちゃう。だから酒屋に何度も足を運んだ。かなりの酒屋があった町なのに、それらの店をぜんぶまわっても、すぐに一周しちゃって恥ずかしい……、とぼやいていた。で、料理酒にしてみたんだけど、代わりにはならない……と嘆いてた。
 ある日、アゴを紫に腫らしていた。もちろん訳は酒がらみで、酔っぱらって飲み屋の細くて暗い階段でダイブしてしまったんだって。いやはやの彼女だったが、その時のわたしの驚きは、「美人はすごいっ!」だった。美人はあんなにも顔を腫らしても、まだ美人でいられることだった。今も、飲んでいるのかな。

 話はそれたが、わたしも毒を手に入れるために、コンビニをはしごした。それはいく晩にもわたるものではなく、一晩だけ。だから、店を変えなくては恥ずかしくって、はしごせざるをえなかった。だけど、当時から世田谷には深夜に歩ける範囲にコンビニがたくさんあって困ることはなかった。

 恐ろしかった。
 ちょっと、ココロのビョーキを感じた。
 食い物の摂取量に比べ、運動量の多い日々が生理まで止めた。それで婦人科に行ったら女性ホルモンの注射を打たれ、あっという間にむくんだ。
 虚しかった。
 
 つまんない日々だ──に突如、気づいてやめた。
 痩せる=美しくなる、ではないことに気づいたのだ。

 わたしが根を詰めていたエアロビクスのスタジオには、夕方になると仕事を終えた若い女性、OLが集まってきた。それで最後の回まで50分コースを2回。その間には、サウナで休憩。週末は朝から最後の回まで、サウナ室とを交互に繰り返していた。わたしと同様、ちょっとビョーキを感じた。

 ダイエットは夢中を越えて、ちょっと中毒になりやすい魔力がある。中性脂肪も困りものですが、お気をつけくださいませ。