なぜ当たる?

 今回もやられた。それも、宿は違うのに二夜連続、わたしだけなんだもの。しくしく……だ。わたしの人生、しくしく……が多いな。

 今夜あたりやって来そうだな……って宿でもベッドでもなくって、どちらもそれなりにきれいな宿のこぎれいなベッドに寝て、わたしだけムシに喰われた。いつもそうだ。
 初回は、その村いちばん(料金)の宿だったと思う。でも、わたしが寝たのはその宿のいちばん安い部屋のひとつだったかもしれぬがね。
 まあいいさ、そんなことは。わたしが抗議してるのは、なぜ当たるのがいつもわたしなのだ? 部屋にベッドがふたつあれば、どちらに寝ましょうってのは、部屋に入ってからの最初のお仕事。わたしは必ず、風通しの良さそうな位置にあって日当たりの良さそうな方を選ぶ。一応、誰もが「こっちだな」って思いそうな方を想像して選ぶ。天の邪鬼的な性格してるが、このときばかりは素直になって世間に添うようにしている。
 なのに……だ。

 二夜めのムシ喰いはそれはそれはひどく、3週間たった今も腕のあちこちに跡が残っているし、喰われてから4〜5日の間、手と腕がぱんぱんに腫れた。
 しかし、そんなその後のことより、(たぶん)喰われている最中の感触が痒くて痛くて不快だった。それはそれは恐ろしい夜だった。もっと恐ろしいのは、ムシの大群に襲われつつも起きて防御なり助けを呼ぶなりなどすることなく寝ていられる、自分の太い神経に恐れ入谷の鬼子母神だ、な。
 朝になって、両手両腕が腫れ上がっているのを見て、あれは夢じゃなかったんだ……と思った。そして、「またクラマエは無事」を知って怒りが増してきた。
 あれは寝入ってからどれくらいたっていたのだろう。不快な感触に覆われて、眠りから少しだけ取り戻した意識で、「痒いっ!」って思った。だけどものすごく眠い。それに「痛いっ!」も加わってきて、だけどものすごく眠い。
 カユイネムイイタイ、カユイネムイイタイ、カユイネムイイタイ……をかなり繰り返したけど、眠いが勝って寝た。夢かもしれない。朦朧とした意識で、ものすごく不快なんだけど、カユイとイタイに対策なんて考えられなかった。真っ暗な部屋の中で、「カユイっ!」ってなんどか呻いたが、電気が点くことも助けが来ることもなかった。
 ふ〜ん。次回は「きゃ〜っ!」にでもしようかな。

 それにしても不思議なんだが、なぜわたしばかり当たるんだろう。わたしが無事で、クラマエが喰われたってのは、今までに2度しかない。24年の間に、たった2回だぜ。
 はぁ〜。

 カトマンズのストーンロッジが満室で、その近所に宿をとったら、翌日の朝、顔の半面ムシ喰い跡だらけで、真っ赤っか。枕に接した顔面半分と首筋をムシのエサにしてしまった。このときは、痒くて目覚めるってコトはなかった。う〜む、大胆な犯行だ。
 カルカッタのホテルマリアに泊まっていて、夜行に乗る前にパラゴンに遊びに行ったら、その夜から尻が痒くなった。そのときはいていたスパッツをはくたびに、新たなムシ喰い跡を見つけるようになったので、電熱コイルで熱湯をつくり、スパッツ共々熱湯地獄責めに何度もした。が、何度やってもムシ喰い跡が新たに生まれるんで、捨てた。しくしく……だ。

 次もインド、ヒマーチャルプラデシュの山奥の宿でやられた。その村では2件の宿を泊まり歩いたが、その両方で喰われた。このときはわたしだけじゃなかった。オームロッジという小さな宿の宿泊客全員が外国人旅行者でカップルだった。で、オンナ全員が喰われて、オトコが全員無事だった。屋上で日向ぼっこするオトコたちのカラダにムシ喰い跡はなく、オンナたちはいつもカラダのどこかしらをぽりぽり掻いていたし。宿泊客自ら宿の屋上に布団を運んで干してた。誰ひとり宿の主に文句を言うものはなく、連泊しつずけていた。
 ふ〜ぅ。

 それにしても今回のあの二夜め状況は、わたしを喰ったムシの正体は何だったんだろう、布団から出ていたところが大量に喰われていたし、顔は喰われなかったのに、首はかなりやられた。いちばんひどく喰われたのは右腕と手。ムシはどこにいたのだろう? 腹と足は少しだけ喰われてた。これは前夜にやられていたものだろうか? ベッドの中にムシがいたんじゃなくって室内にいたとしたら1メートルくらい離れて眠っていたクラマエがなぜ喰われずにすんだんだろう?
 う〜む、わからない。

 デリーのメインバザールに面した宿で昼寝をしていたら、得体の知れぬ不快感に包まれて、目を覚ました。カラダから首、そして顔をアリの大群が太い列をつくって行進していた。ベッドの布団に問題があったんじゃなくって、木製のベッド本体にアリの巣が作られていたようだ。このときは、宿のオーナーに苦情言ったら、同じ料金でランクアップの部屋に変えてくれた。ラッキーだった。わたしの犠牲の下に、クラマエも恩恵を得たわけだ。

 それにしても、表面上消えたムシ喰い跡だが、炙り出しをしたなら、きっとわたしのカラダはほぼ全部がムシ喰い跡で真っ赤っかになるだろう。