イトヒロが残していったもの

 身のまわりのこと、なにもかもが大ざっぱなわたしだけれど、煮物をするときはちょっと違う。ジャガイモ、ニンジン、大根、カブ、里芋もだ、それにカボチャも、面取りを欠かさない。そして面取りをしている間、ぼんやりとだけど、ナイロビのグロブナー・ホテルの薄暗い部屋の風景がアタマのやや後ろあたりに浮かぶ。
 性格的には放棄すべき作業なんだけど、やらないでいると「おいおい、そりゃぁないぜー」って言われる気がして、1992年に帰国して以来、ずっとつづけている。


 それらの野菜に、なぜ面取りが必要なのか……ということを教えてくれたのは、イトヒロだった。面取りは知っていたけれど、その訳を知らなかった。田中真知さんも書いているナイロビのグロブナー・ホテルで自炊していたわたしの手元を見て、料理にこだわりを持つイトヒロが呆れて、その必要性を教えてくれたのだ。
 あれから、わたしは必ずしている。それをしてからというもの、わたしの料理の見栄えがよくなった。味は大して変わってないはずなのに、美味しそうに見えるのが気に入っている。


 でも、イトヒロのもうひとつの教えを今年の春から守ってなかったので、日曜日にちょっと奮発して買ってきた。守っていなかったのは、その値段のせいなんだけど。

 1983年、用事があって友人宅を訪れていると、そこにイトヒロがやってきた。どんな話をしたのかは全然覚えていない。まだ、イトヒロを知って間もなくの頃で、話がはずんで長居した。で、時間がたって腹が減ってしまった。
 わたしの友人たちはおしなべて食にうんちくがありがちで、わたしはいつも蚊帳の外。訪ねた彼もそういうひとりで、だけどそういう人の手料理を食べさせてもらえるのはとてもハッピーだ。
 温かいうどんを、ささっと作って出してくれた。店屋物生活にどっぷりつかっていたわたしには、それは家庭料理ってやつだった。そんな感動をよそに、イトヒロと友人は、「出汁はナニで?」とか、二十代のわたしには(彼らも二十代だったけど)チエもチカラも及ばない会話で盛り上がっていた。
 
 彼らの会話は理解できなかったけれど、「突然の来客があっても困らないように、干し椎茸と昆布は常備しておくべきだな」という部分だけ、よく覚えている。


 昆布と干し椎茸は常備食とし、欠かさぬように──イトヒロがわたしに残していった教えのひとつだ。