御守り。

 我が身をかえり見ず、ダウンジャケットの薄手タイプを買ってしまった。
「省みず」でも「顧みず」でもない、「鏡に映すことなく」だ。
 初めてのダウンジャケットは、30年くらい前にスキーに行こうとして買った。今でも値段を覚えている。新宿のビクトリアで、35000円だった。わたしがスキー場でそれを着ると「ダルマみたい」って、一緒に行った仲間が言うんだ。わたしもそう思った。だけど雪山だし、スキーだし、当時それが流行っていたから奮発したっていうのに、しくしくだった。
 以来、それがトラウマになってダウンジャケットは「禁」にしてきた。しかし、数年前に病院の眼科で風邪をうつされ高熱でうんうん寝込んだ後、大安売りになっていたダウンジャケットを買った。暖かいことこの上なし。だけどそれは売れ残りのLサイズ。昨年それを母にプレゼントし、新しく買った。暖かいこと至上。
 だけど、ダルマ姿であることは30年前とかわらない。
 わたしのジャケットやコートはほとんど暖かくない。いちばん暖かいのは革のハーフコートで、ものすごく重い。ダイエットした甲斐がないくらい重い。帰宅すると、どっと疲れる。肩も凝る。
 革のコートは2枚持っている。どちらも20代半ばに買ったもので、どちらも18万円もして、わたしのその頃の勲章みたいな存在だ。最近は真冬のスクーター用に着用している。これで転けてもカラダに擦り傷はないだろう・・・くらいクマになれるコートだ。
 もう1枚は「オフィス」という言葉が似合うコートで、軽い。近所のキャベツや大根畑にはさまれた道を歩くんじゃなくって、もうちょっと違う東京を歩きたくなる。これなら黒塗りのタクシーだって、気後れしない。
 わたしのその「奥の手」コートを日曜出勤に着た。
 ふ〜、重いんだこれが。ずっと「軽い」と思っていたのに。どーいうことだ?
 少し前に、薄手のダウンジャケットを買ってしまってからというもの、わたしのどのジャケットもコートもどいつもこいつも、暖かくなくって重くって、カラダが怖がる。
「今夜の帰りは遅くなるよ」
「今夜って寒くなるんじゃない?」
 それでついつい薄手のダウンに手が伸びる。ダウンジャケットは「禁」で30年近くやってきたというのに。新しい薄手のダウンジャケットは羽織っていることを忘れるくらい軽いのに、暖かくって、世の中が優しくなったように感じる。しかし、コレの出現でわたしが長年捨てずに着つづけてきたコートやジャケットの存在が脅かされないよう、御守りとして今日はバッグに忍ばせて出勤してきた。
 なんか、間違っている気がしないでもないが。