バブリー

 去年は着なかったけど、一昨年は着た。
 そういう服のひとつに、今日は袖をとおした。というか、単にそれを着て出社した。
 着替え中、鏡に映して「あれ?」だった。なんかへん。大きい。これってこんなに大きかったのかな?
 オソージガカリさんに「コレって前からこんなに大きかった?」と訊いてみた。
「痩せた、とでも言って欲しいのか?」という顔された。
 そうじゃないんだ、ほんとうにそう感じるんだ。わたしは小さくなってしまったんだろうか? 縮んでしまったの? 心配になってきた。これ以上小さくなって、どうする?
 母と並んで歩くと、わたしは彼女より大きくなっていた。高校生のころは「親より大きくなれないんだね」って言われたが、その後、わたしの背が伸びた・・・って覚えはないんだが。
 親は小さくなるって聞いていたが、本当なんだ。わたしは親でもないし、これから誰よりも小さくなるんだろう? と思ったが、大丈夫だ。友人の娘たちが、もうとっくにわたしを追い越している。
 またまたテレビからゲットの話なんだが、バブルの味を知ってる「アラフォーたちよ、カモーン」と、マハラジャ(だったかな)ディスコが再演なんだか再オープンしたとか言っていた。
 アラフォーじゃなくって、わたしはハーフセンチューリー越えしてるから、そのあたりを通過してきているはずだが、バブルの味は知らない。バブル時のわたしは、いつも睡魔と闘っていた。1980年代前半ごろは出版界のバブルで、たくさんの雑誌が次々と現れていた。だから、フリーになりたてで、ぺーぺーでも仕事がわんさかあった。フリーの性で依頼された仕事は絶対断らなかったし「お仕事ください」って営業まわりもしたことなかったけど、たいてい「誰かいる〜?」って知人や仲間から仕事のヘルプを頼まれて、そのまま単発の仕事が定期の仕事へと移行していった。
 たくさん仕事してたくさんお金を稼いでも、朝飯も昼飯もコンビニのサンドイッチかおにぎりで、それを左手に持って、右手で仕事していた。仕事場の下がコンビニだったし。
 こういう食事は満腹感がやってこないんだよね。夕飯は近所の定食屋で焼き魚定食とか肉野菜炒め、ショウガ焼き定食を順繰りに食べていたなぁ。
 オソージガカリさんは打ち合わせ帰り、ときどき渋谷でレコード(古いね)を大量に買ってきて、1回しか聴かなかったLPってのもたくさんあったんじゃないかな。
 世間がバブリーな時代、わたしは仕事量がバブリーで、お得意さんと家と仕事場をぐるぐるまわるだけで、途中下車してバブルな味を知る事なんてなかったな。昼間は打ち合わせとか届け物で忙しいから、フリーはね、夜に仕事するの。
 わたしはその後、引っ越しをなんどもして、その都度そのバブリーな時代にストレス買いした服を箱詰めにして移動してる。ときどき、バブリーな服を着るんだが、当時の服は面倒がくさいんだよね。その後で手に入れた服の方が洗濯が簡単です。最近はクリーニングに出すと、アタマ痛くなっちゃうし。でも、今のうちに着なければ、わたしはもっと小さくなってしまう。急がねば。