わが老人たちのうわさ話。

 母が携帯電話を持つようになり、唐突な時間帯に電話がかかってくるようになった。年輩(お年寄り)用なので電話番号を登録したボタンを押すだけ、それがわたしの持つ携帯電話にかかってくる。以前は家の電話とか事務所に用事がある時だけかかってきたのに、最近はもっぱら携帯にのみだ。
 声が聞き取りにくいから、固定電話にかけておいでよ───とお願いしてみたが「コレが楽だ」で切り返された。
 だけど、彼女は登録してある3人にしか、その携帯では電話がかけられない。実際にやってみたりして何度教えても上の空(聞く耳持たないんだか、覚えようとしない)で、馬耳東風だし、馬の耳に念仏だ。
 お年寄りというのは、かくもそーいうものなんだろうか?
 しかし、先日「この携帯電話で110番するのはどーしたらいい?」と訊かれた。
 うーむ、こればかりはわたしも試したことないし実践で教えるわけにはいかないし、とりあえず「110を押せばいい」としておいた。
 そして昨日、日中の外回りの最中、都庁前の駅構内を歩いていると、携帯電話が鳴る。母だ。そら急げ、と電波を受けやすい場所に移動。たいした用件ではなかったが、それだけで話は終わらない。
「今ね、外出中なの」と告げても、それがどういうことを意味しているのか、理解しようとしないのか理解しない。
 お年寄りというのは、かくもそーいうものなんだろうか?
「失礼のないように遠回しにお断り・・・」ってそーいうのありなはずなんだが。
 かくして親孝行娘はビジネスマンとかウーマンたちが行きかう都庁の地下鉄駅の入口あたりで、公の場での携帯電話で会話中だ。営業の電話でもなく甘いお話でもなく、母の近辺の老人パワー話に壁に向かって相づちうち。
 あんなにも嫌っていた公の場での電話だが、実はたまにはそれぞれに計り知れない深〜い事情を抱えている場合もあるのだな、と自分の電話の言い訳をしてみた。
 今回の母からの報告のオマケ話なんだが、近所の農協(銀行)で「ご来店の方に粗品進呈日」が年金支払日などにあったりするそうだ。粗品はおソバみたいなもので、そういう日には暇で元気な老人が、農協の狭い銀行部分に集まる。今回は「お茶の葉詰め放題で千円!」ってのもあって、友人に誘われて農協に行き、そのお茶を買ってきて飲んでみたが美味しかったとの報告もあり。
 しかし、今回の大混雑にはさすがの暇な老人たちも嫌気がさしたようで「こんなにも待たせてぇ、チャァの一杯もでないのかぁ。チャァだせーチャァ(ってお茶のこと)」コール炸裂。
「わたしはあんなこと言えない。まだ、ヒヨッコだわ」ってのは77歳の母の弁だが、温暖の地に住む老人は元気だ。「穏やかな気質」と言われた静岡市民も長く生きると化けるのですな。