見直し。

 週が明けて二日目の今日、カラダがまだちょっとだるい。は〜・・・まただ。いつもより長めの風呂が連日必要になった。
 思い当たることは、ただひとつ。週末にやった片付けしかない。台所周辺の見直しとして、食器を出して棚拭きをしただけなのに、情けないったらありゃしない。自分で言うのもなんだが、謙遜でもないのだよ、たいした作業じゃなくって、通常の日の方がずっとチカラ仕事している。風呂の残り湯運びで、たぶん15リットル級のバケツで階段を何往復もしてるわたしだ。
 前回は、靴箱の整理をしただけで、ものすごくだるい朝になった。それが三日もつづいた。
 とことん片付けには向かないカラダになってしまったようだ。そーに違いない。わたしの残りの人生に、カラダに悪い「片づけ」という項目を削除すべきな気がしてきた。
 だけどいいことがひとつだけあった。小さなスプーンを救出した。砂糖壺用に短いスプーンがほしかったので、ラッキーだった。でも、拾いものじゃないんだから、わたしが買ったのだ。いつどこで買ったモノなのか思い出せないけれど、さすがわたしだ、先見の明ってとこだ。ついでに探していた碗もふたつ見つかった。
 父方の叔母は片付けのできないひとで、先日、夫側の親戚をボランティアにして物置を片づけてもらったら、段ボール箱に入ったトイレットペーパーが出てきて驚いたと言っていた。いつ買ったモノなのか覚えがないし、クルマを運転しない自分がどうやってこれらの大きな段ボール箱を家まで運んだのかも不明なんだそうだ。しかも大量の段ボール箱だ。ボランティアの方々に帰りの手みやげに加え、そのトイレットペーパー入りの段ボール箱を持って帰ってもらったと。
 同じ血が流れているので、恐ろしい。
↓見つけたスプーンとわたし用の砂糖壺とオソージガカリさん用の恩田焼きの砂糖壺。砂糖の好みが違うので壺はふたつある。わたしのは長岡京に住む村越さん作で、溶岩のような地肌が最近の好みです。