ウコンとターメリック。


 初めて粉じゃないターメリックを見たのは、南インドのケーララ州コーチンという町でした。
 路地を歩くと、ルンギーをたくし上げた男たちが頭に香辛料を入れたカゴをのせ、追い越していきます。時々、「コンニチワ」とも声をかけられるのですが、香辛料を買い付けに来た日本の船員たちが、教えたのかもしれません。
 そんな路地に面した家の門が大きく開かれていたので、見ずには素通りできません。見知らぬよそ様の家だとて、慎み深い日本人であるべきだとて、ヒトの性として覗いちゃいます。

 しかも以前、泊まっていた安宿の主に、宿泊客がドアを開け放している(家族連れだというのに中が丸見え)のは、それがインド式の「ウェルカム」のサインだと教わりました。で、その申し出に従って覗いた家の中庭で、幾人ものサリー姿の女たちがなにやらカゴに入れて運んでおりました。

 コの字型に建った家の中庭に身をのり出して、「ナーム・キャー(名前は何だ)?」と山盛りの正体を訊ねれば、どこからか出てきた主が、ターメリックだと教えてくれました。
 ターメリックと言われたそれは、ほとんどショウガでした。

 それからほぼ2年後、2年半ぶりに帰国し、感動の親子の再会だったのに、母は顔をひと目見るなり、「汚い顔だ」と小麦色の日焼けを不憫がるのです。
 子どもだったころは、「夏にたくさん日焼けすると、冬、風邪をひかないよ」と言っていて、たしかに母もわたしに外で遊ぶことを奨励し、学校のプールにだって追いやっておりましたが、単に家にいられると邪魔だったのですね。

 で、これを飲むと顔色がよくなると言って黄色い粉をくれました。正体を訊けば、ウコンだという。親類も含め、ご近所さんの肝臓患いの顔色をこれで良くした、と彼女はウコンの効用を説くのですが、それは1990年頃のわが母のブーム物でした。
 ウコンがターメリックだと知ったのは、コリアンダーパクチー(香菜)だって知るよりはずっと早かったですが、母のウコンはとても苦かった。インド料理にも使われているターメリックですが、料理はちっとも苦くないのに。

 もうかれこれ十年、飲み忘れることもしょっちゅうですが、ウコンを粉にして飲み続けております。だからといって、わたしの顔から日焼けが消えて、七難隠す色白になったという現実はありません。