カギ。


 ターンテーブルの脇に立ってロンドンで機内預けにしたリュックが出てくるのを待っていると、空港職員が名前を呼んで誰かを捜している。わたしの横に立っていた青年が振り返った。

──アムステルダムで○○さまの荷物が積み残されました……つきましては……
 と説明を受けてる。かわいそうに。でも、荷物が大きくって、それで家が遠いんだったらラッキーかもしれない。家まで届けてくれるんだろうから。

 20年前、わたしの荷物もデリーの空港で積み残された。一週間後、友人へのみやげの一部が欠けて家に届いた。保険で弁償してもらえるのかなぁ……というにはあまりにも安くて、苦情は腹にしまった。それで、友人へもみやげのことは口をつぐみ、それは二十数年たった今も手元に残る。
 この場合、誰が損をしたのだろう。貰えなかった友人か、それとも彼女から「ありがとう」を言ってもらえなかったわたしなのか。

 荷物が一緒の飛行機に乗らなかった、という旅行者がデリーにいた。彼はデューティーフリーと書かれた透明のビニール袋を手に提げて、メインバザールで歯ブラシとかタオルを買っていた。
 そんな事故に遭う可能性を少しでも減らしたいし、空港に着いたならできるだけ早くそこを出たいから、荷物は見た目を小さくして持ち込み手荷物扱いになるようにしている。だけど最近は持ち込み荷物の検査が厳しくって、裁縫用の握りバサミを取りあげられたり、クラマエは鼻毛切りを取りあげられたり、と損失がつづいている。もちろん果物ナイフはダメだし、タバコ用のライターを全部取りあげられたこともあり、爪切りさえも取りあげられそうになったり、と不便している。

 今回の出国は船で、乗船の際の荷物検査はまるっきりなかった。カッターや裁縫針を取りあげられることもなく、こんなんだったら果物ナイフも持てばよかった。帰りの飛行機では大きく脹らんだリュックを素直に機内に預けた。
 その後、イギリスのお金20ポンドの所有権をクラマエからゲットしたので、空港ですり鉢(18.7ポンド)を買った。店員の女性はお金を受け取り、梱包しながら、
──これ、機内持ち込みできないかも。ほら、このすりこぎ棒が凶器になるわ……
 とぶんぶん振り回して見せた。
 そんなこと、金を払う前に言うべきだわ。で、そうなったらどうなるのだと訊けば、別便で配達されることになるらしい。ドキドキワクワクしたが、イミグレを抜けたあとのヒースロー空港アムステルダムスキポール空港では手荷物の検査がなく、手に提げたまま搭乗できました。

 しかし、アメリカの空港ではこうはいかない。春のメキシコ旅行はニューヨーク経由でした。日本からニューヨークまでは通常の厳しいチェックでしたが、ニューヨークからメキシコに飛行機を乗り継いだとき、空港職員にリュックにかけたカギを外すよう言われました。もちろん素直に外したわたしの荷物を受け取った職員は、ポイッとダストシュートみたいなところに放り投げた。

──無防備な状態のわたしの荷物と、次に会えるのはどこですか?
 の疑問を持ちつつ、指さされたままに進と、もう搭乗口。
──あれ? これでいいの?

 メキシコで対面したわたしの荷物に無くなったモノはあったのか? よくわからないまま旅をしましたが、途中寒くってスパッツを履こうとしたら、ありません。まさか? あんなものを……? と腹の中で疑惑がちょっともぞもぞしたのですが、帰国後、ベッドの上でスパッツを見つけました。

 さて、帰国時です。旅行中も調子が悪かった番号合わせのカギですが、とうとう開かなくなってしまった。機内預けにするとき外せって言われたら困るなぁ、と心配していたのですが、なにも言われませんでした。
 しかし、乗り継ぎのヒューストンの空港でご対面したわたしの荷物にカギがついていない。どうしたというのだ? 大胆なこそ泥です。
 やはり20年近く前、わたしはカイロからアテネに飛んだとき、カギのかかったリュックからカメラのフラッシュを抜かれた──マジシャンばりのトリックというか技があることを知ってからは、機内預けを信頼していない。

 中身のチェックなどしてる間もなくそのまま次の飛行機に乗り継ぎ、帰宅して荷物の有無を確認すると、切られたカギが2コ出てきた。
──カギがかかっていたから壊した。疑問があるなら連絡を……云々の紙が一枚入っていた。
 仕方がないこととしても、無くなったモノがないにしても、ひとこと言いたい抗議したいが、それを英文にしなければならない面倒が勝って、今も机の引き出しに壊されたカギとメモがある。

 アメリカ経由で旅をなさる方、ちょっとご注意を。