くわばら食わ腹。

 訳あって腹をこわした。

 言っておくけど、卑しかったせいじゃない。しくしく……と、腹もココロもすごく痛んだ。

 寺院の前でインド人と待ち合わせをした。いつまでたっても彼は来ない。ヒマをもてあましているわたしを見ていた菓子屋のおばさん、親切ゴコロ(ホントかぁ?)でインド版饅頭をくれた。
 要らぬお節介なんだが。
 デザート付きの夕食を食べたばかりだったので、腹は空いていないが、側にいた彼女の子どもや夫やらも加わって「食べろ」と囃したてるので、「ノー」と言えずに口に運んだ。悲しい日本人の性だな。
 シナモン味がジュワっと口の中に広がり、大丈夫な甘さだった。

 そういえば、昔むかし、イギリス人とカナダ人が日本を歩いていたら、見知らぬ日本人に菓子をもらったといって箱入り最中をわれわれに突きだした。突きだしたのは、最中の中のあんこが原因。豆が甘いってのは、彼らにとって「テリブル……」なんだそうだ。

 文化の違いだな。

 今回のインド版饅頭は、突き返す味ではなかった。ひと口サイズだったけど、用心して少しずつ食べて完食した。それを見たおばさんも家族も喜んだのか笑ったのか、もしかしたらあれは嘲笑だったのか、笑い声が耳に残る。気にかかったのか映像でも残る。訳があったのだろうか?

 翌朝まだ薄暗い時間に目が覚めて、トイレに行った。下痢だった。寝ぼけアタマながらも、息にゆで卵臭さを感じたことを覚えている。
 また寝る。
 夜が明け、宿を出るまでに何度もトイレに行ったが、下痢は水下痢へと増長し、マズイ。マズイ訳は、今日はオートリキシャをチャーターして、あちこち取材に行かねばならなかったからだ。
 オートリキシャの運ちゃんに、今日のわたしは腹具合が悪いので、そこのところヨロシクと伝えおくと、彼は「インドの水はよくないから……」と申し訳なさそうに慰めてくれた。水じゃなく、スウィートのせいだ。トイレを借りた何軒めかの主が、下痢止めをくれた。彼も下痢していて、「インドの水はよくないから……」と言って、彼の下痢止めをくれた。

 パーンチ・ミニュッツで止まる──と言われて、五分じゃ止まらなかったが、だんだん腹の痛みは薄くなり、出るモノもなくなったせいか、下痢は止まった。十粒で二ルピーくらいのこと言われたけど、町に戻って買ったら、九ルピーした。

 その後、食後に二回飲んで、結果、以後六日間便が止まった。楽だったけど、これはこれで、いつ開通するやら三日目くらいから心配がつのった。
 で、開通しだしたのは、七日目の帰りの飛行機。トイレ完備の機内なので安心のはずだが、開通しだしたのが、朝方。なにせ、一週間分の内容が一度に出るはずもなく、何度もトイレに通った。同じところでは恥ずかしいので、あちこちのトイレに文字通り駆け込んだ。しかし、朝方だ。起き抜けの乗客がトイレに集中する。トイレは大なり小なりをするところであるのに、朝だから顔を洗ったりする者、髪を梳かすぐらいならいい、着替えたりヒゲ剃ったり、一度はいるとなかなか出てくれない。機内のトイレの長便は困る。
あんまり長いんで、ドアを蹴飛ばした。

 あ〜ん、だって、下痢止めの薬は単なる対処治療の薬だから、ヤギのウンチみたいな粒便のあとにつづくのは、やっぱり下痢便なんだもの。一番のパニックは、着陸時。もちろんトイレには立てないし、トイレは閉められちゃってるし、着地してもなかなか停まらずに飛行場を走ってる。
 じれったい。
 シリアスっ!──と日本人スチュワーデスに告げると、その言葉に深く追求されることなく彼女は機長に電話してくれ乗客の緊急を告げてくれた。

 それが、ほぼ最後だった。やはり、その朝方、わたしの息はゆで卵臭かった。くわばらくわばらの腹でした。