赤いミソを思う。


 訳あってコリアン・エアーに乗った。

 ほぼ30年前になるが、初めて乗ったヒコーキが大韓航空だった。アンカレッジ経由でパリのオルリー空港へ、20時間くらいかかった。往復23万円だったと記憶する。

 今回、コリアン・エアーに乗ったら、昼食にビビンバが出てきた。そしてトレーの上にはお決まりのデザートやらフォーク&スプーン、水の他に、見慣れぬチューブものがのっていた。中身は唐辛子色したミソのようなもので、ビビンバに混ぜ込んで食べた。
 隣りでビーフものを選んだクラマエが、「ダイジョーブかー?」と心配してくれたが、色が醸すほど辛いものではなかった。
 クラマエは搭乗前の朝飯にビビンバを食べていたので、中途半端な西洋料理を選んだ。
 ちなみに、わたしは豆腐海鮮チゲを朝に食べた。すごく辛かった。あれは鍋の汁の中にご飯を入れて食べるものなのか、ご飯にあの辛い汁をかけて食すべきものなのか大いに悩んでどちらもやってみたが、一人前にあんなにたくさんの辛い汁は要らない──と思った。

 機内でわたしの斜め前に座っていた若い女性(たぶん韓国人)もクラマエと同じビーフ料理を選んでいたが、スチュワーデスを呼んでわたしがビビンバに投入した赤いチューブをもらっていた。それで、そのビーフものにそれをむにゅーっと全部押し出していた。
 別にわたしのトレーの上でそれがなされているわけじゃないのでかまわないけれど、量を考えると、料理が根本的に変わってしまう。意図のわからない料理になってしまうと斜め後ろで心配したが、それをすくって口に運ぶ彼女のスプーンに躊躇いはなく、ずんずんと進んでいた。

 要らぬ心配だった。

 今思い出したが、コリアン・エアーの食事には、塩&胡椒がなかったなぁ。メニューに肉や魚があれば必ず、インド系ならヴェジタリアン料理にだって必ず(?)塩&胡椒が付いていたような気がするが、韓国人は胡椒は使わないのだろうか?

 そういえば、30年前の大韓航空に韓国メニューはなかった、な。

 むかし、タンザニアのキルワで韓国人に会った。今はどうなのか知らないが、当時のキルワは難所だった。そんなところを訪れる外国人旅行者なんていないだろう、とわが身を省みず思っていれば、そんな村で前から歩いてくるアジア顔したオトコがいた。クソ暑い中をしっかりとスーツを着こんだビジネスマンの彼は韓国人で、そんな場所で会えば、韓国人とはいえ、「ご一緒にお食事でも……」となって食堂に入った。
 豆料理くらいしか出ないキルワの食堂のテーブルの上に、彼は小さな容器をのせた。彼は小さな容器に入った赤いミソを持っていたのだ。

 辛かった記憶はない。美味しかったとかの記憶もないが、タンザニアの超田舎にいるというのに、わたしの口の中にアジアが広がった。インド料理ほど遠いアジアじゃなく、日本のご近所の懐かしい味が口の中に広がって、胃袋が喜んだ。
 あの赤いミソはなんだったんだろう? ちなみに、ビジネスマンの彼はナマコの買い付けに来ていた。英語をあまり話さない彼だったので話が弾んだわけではない。我々にテーブルを囲ませたのは、中央に置かれた赤いミソで、それにスプーンを伸ばし、ちょっとずついただいた。16年前のちょうど今頃だった。

 コリアン・エアーのチューブでそんなことを思い出してしまった。また何年かたったら、なにかの拍子に今回のコリアン・エアーの赤いチューブを絞り出すあの女性の後ろ姿と手を思い出すのかな。