不思議の国の姪

 むかしむかし、見た光景。

 目黒区の某有名トンカツ屋で食事をするたぶん欧米人ファミリー。
──おいおい、みんなして白いご飯にトンカツソースをかけて食べるのはいかがなものか・・・?
 世田谷区下北沢の食堂で豚のショウガ焼き定食に挑む外国人青年。
──違う、違うってばぁ。味噌汁とかキャベツとか肉とか漬け物とかご飯とか、ひとつずつきれいに食べ干してから次に進むという手順をとらなくたっていいんだよ、その場合は。

 以上の見聞は日本食を西洋料理方式で食べる外国人を笑った光景なんだが、日本食が世界のあちこちでメジャー化しつつあるんで、こういうのはもう古くさい笑い話になってしまったんだろうな。そういえば友人Cは日本にきたばかりのころ、「カブとダイコンは嫌いだ」と言っていたけど、カブの漬け物も大根の味噌汁も、味がないと文句たれてた豆腐も今じゃ食べてる。このごろはきっと納豆や塩辛を旨いと食している外国人も多いのでしょう。

 で、姪が夏休みで遊びにやってきてわたしの横でソーメンばかり食べている。この夏にわたしのお得意メニューに入ったばかりのラタトゥイユにもタンドーリチキン風焼き鳥にもかぼちゃ煮にも手を出さない。
 わたしの手料理を警戒しているのかい? 遠慮はするな、さぁ、正直に言いなさい。

 まあ、伯母として大人げないもの言いはすまい。

 オトメよ、ソーメンばかりでは美容に悪い。鶏もたべなさいって助言したら、「肉はあまり好きじゃない」って。だけど4、5年前だったろうか、一緒に行った焼肉屋で塩ネギタンをもりもり食べていたのをわたしは覚えている。
 まあ、いい。わたしも十代のころは肉はハムとソーセージばかりだった。年頃のオトメはそんなもんだ。

 割り当てられたソーメンを食べ終えて、次に盛り分けたラタトゥイユと対峙しだしたが、残念なことにそこまでで満腹になってしまったようで、鶏とかぼちゃ煮は食べてもらえなかった。
 今どきのオトメは小食だ。それにしても、なんだかヘンだ。


 翌朝、わたしの姪は割り当てた皿の上のソーセージを食べて、トマトを食べて、コップ一杯の牛乳を一気飲みして、パンを食べた。
 彼女の食べ方がどーもヘンなのだ。本人もヘンなのは自覚しているが、そーいうふーにしか食べられないと言う。

 三角食いができない、中学二年生の姪だ。

 それで、「キミは好きなモノから食べるの? それとも好きなモノは後にとっておくタイプかね?」と訊くと、後者だと言う。そんなの損じゃないか。取り置き料理がお腹がいっぱいになってしまって食べられないってことは、よくあることらしい。
 学習しないアタマは、血筋かもしれない。

 家でも学校の給食でも一品ずつ平らげてから次の料理に、それでご飯はご飯だけでおかずなしで食べているという。
 だからって牛乳まで一気飲みして、そんなことして腹をこわさないのか? よく噛んで飲めと、わたしは小学校で教わったぞ。
 まあ、それはいい、むかしの教えだ。それより、不器用にも程があるが、もっと年頃になって、「ダイエットのために三角食い」が必要になるまで、その食べ方をつづけるんだろうか?
 それにしても、どこでそういう食べ方を覚えたのか、そうなってしまったのか? いつからなのか?

 まあ、いい。人のことは言えない。わたしも朝飯は新聞を読みながら食べていて、見た目としてかなり行儀が悪い。だけど、わたしはもういいのだ。

 月曜から金曜日まで、ときどき土曜日も、夕飯の弁当を持って仕事している。それで仕事机でコンピュータの画面を見ながら食べている。
 そうすると、三角食いを心がけてはいるが、食べにくい。しようとすると、手元不注意で、右手の箸が机を突いてしまうことがある。それで今日、自分を観察して気づいたんだが、ひとつの記事を読み終えるまで、次の料理に手が伸びない。自衛策というか、学んだアタマはひと皿食いだ。味噌汁は三回くらいに分けて飲むが、器ごとに食べると、粗相がない。

 こ、これだ。このあたりに姪の一気食いの謎が潜んでいるのではないか?