今年の抱負。

 年はとうに明けてしまって、それでも無事に今年を迎えられたので、遅ればせながらも言っておきたい、明けましておめでとうございます。
 ところで、どっこい、どうもわたしの前頭葉は緩んでいるらしい──ということが昨年末に判明した。
 ふ〜、だわさ。
 田中真知センセイが言っていた。年をとって涙もろくなったり怒りっぽくなるのは、感情をコントロールする前頭葉が機能を失いだしているせい(このあたりの言い回しは、わたしの解釈)らしい。そうかぁ、そのせいかぁ・・・と思い当たる節がよくある。涙もろくはなっていないが、道を歩いていて、お買い物をしていて、近辺を周回しているだけでも、あちこちでアタマにカチコチとぶつかるモノがある。
 郵便局のロビーで大きな声で携帯電話で話すおばさまは、話口調まで下品。それをちっとも注意してくれない郵便局の案内係さん。
 あれを静かにさせてください──とお願いしたが、結局、何も言えない案内係さん。来客に番号札を渡すしか用を足せないのかっ! と大声で電話するおばさまへの怒りより、彼女の無能さに腹が立った。そのあとに行ったドラッグストアでも、順番を無視して接客する私服の店員に「無神経だなっ!」とカチン。白い服を着た薬剤師さん風の彼女たちなら、そんなことしない。もしもされても、きっとこんな風にカチコチとこないだろう。
 イカンっ! こんなことで嫌味を言うまいっ! とレジの前で深呼吸する。やれやれだ。あ〜、自分に疲れるのだ。
 精神的にイカンことなので、対策を考えた。以前、馴染みの豆腐屋でなんども同じミスをされてもぜーんぜん平気だった事例を思い浮かべて、相手と懇意であるかなしかが、どちらに振れるかに多大な影響を与えていることに気づいたんだが・・・。
 これも問題ある。相手がわたしに好意を寄せてくれるかどうかだ?
 まあ、とにかく今は対策練り中の途中なんだが、緩んだ前頭葉を鍛える2012年にするつもりだ。年明け早々、オチも〆もない話で今年が始まってしまって申し訳ありませぬ。

一方通行の標識。

 旅行人事務所のある建物の前は一方通行で、向かい側にはコインパーキングがある。そこから出庫する際、一見さんだったりすると、そこが一方通行であることを忘れて逆走するクルマがたまにある。そんな場面に遭遇すれば、わたしはそれらのクルマに「一方通行ですよ、コの字に曲がれば大通りに出られますよ」と、一応やさしく教えてあげる。
 だってずっとむかし、バイク乗りだった頃、下北沢で一方通行の出口に立つお巡りさんにキップを切られ、罰金を払った怒りの過去があるから。
 わざとじゃないんだよ───そこが一通だってこと、知らなかったんだ。立つんだったら出口じゃなくって、入口にして注意を促してほしいものだ。
 だから、わたしは気づけば教える。なのに、たまに確信犯がいて強引に逆走していく。捕まれわんわん。
 今日、旅行人への来がけに、お巡りさんが立っていた。そこはコインパーキングからつづく路地で、50メートルほどしか離れていない。実は、わがご近所さんの「一時停止の怠り」でキップを切られる名所で、旅行人の編集長もスクーターで一度切られた。一時停止が二度つづく路地で、蜘蛛の巣に引っかかる虫のように、よく捕まっています。罰金の稼ぎ場所です。
 来るクルマもなかったので、「すぐそこのコインパーキングの出口に、その路地が一方通行の道である標識があると間違える人がなくなって、果ては違反者もいなくなります」と提案してみた。
 したらば、「そういう場所はあちこちにあります」って返された。わたしはその「あちこち」に関心ありません。「近所のコインパーキングの出口」の話をしています。
 わたしの提案に、その若いお巡りさん、あー言えばこー言うってな調子で、息子に逆らわれた母の気分になってきた。
「私には設置する権限はありません」ときた。
 そんなの判ってらいっ! ぺーぺー顔丸出しだのあんたに設置を頼んでなんかいない。上に伝えろっ! 市民の声を上に伝えるのも、ぺーぺーの仕事だろっ!
 なんの因果でわたしはこんな路地で、あんたと言い合いをせねばならぬのだ。いつも罰金の稼げるここにしか立たず、なぜ角を曲がったあそこの注意をはらわぬのだ? えっ!?
 と、まあ、今日は出社前から気分が悪い。提案も声も受け入れる度量のないお巡りを、路地に立たせるな。
 ふ〜っ!

阿佐ヶ谷ロフトではありがとうございました。

 バイクはカラダを傾けた方に曲がる。
 リーンウィズリーンアウト、慣れたらどうってことないことだけど、教習所で初めて指導されたときは「こんな大きなバイク(400ccでした)を傾けるなんて、バカ言ってんじゃないよっ!」っていうくらい怖かった。だけど実際、乗ってみれば、カラダを傾けなければ交差点を曲がれません。
 な〜んだ・・・ってなものでした。
 阿佐ヶ谷ロフトにたくさんの人が集まってくださったこと、かなり感動でありました。久しぶりに顔を見たさいとう克弥さんや宮田さん、おがわかずよしさんとか、会場に昔からの読者を見つけて「無駄話会」を思い出しました。
 思えば、パソコンとプリンターとファクスを手に入れたコトから始まった「遊星通信」で、まさかそれに沿って生きようとは、想像だにしなかった三十代。それがいつのまにか生活の軸になっていて、ここまで来てしまった感が、今はある。これで終わりなほど人生は甘くはなくって、まだまだ生きるために働かねばならぬのだが、ひとまず一区切り。
 人生もカラダを傾けた方向に転がっていくんだな───というのが、人生途中での感想であります。

少しずつ変わっていく。

 朝と晩に、肩をぐるぐる回している。首のあたりの筋肉を鍛えて、弛みを引き締めようという目論見だ。
 で、3週間が経った今朝、そのぐるぐる回しの感触が変わった。利き腕じゃない左肩は回り具合に悪さがあったが、それが突然に左右が同じになったのだ。
 ほ〜、これが3週間の成果というものか。ということで、今日からわたしの首の引き締まりがはじまるのかもしれませぬ。
 もうひとつ、違和感のあった膝小僧ですが、風呂上がりにお肌のかさかさ防止用のクリームをくるくる塗ってふた月ほどが経つ。ひと月ほどたったころから違和感がなくなっていた。ふ〜む、単に違和感が休止しているだけかもしれませんが、とりあえず、今はグッドな状態です。
 少しずつでも、なにかがなるものですな、ということを発見したしだい、という報告です。
 先日、いつもの店で3種類のコーヒー豆を注文して「豆のままで」と告げると、お店の人は復唱して最後に「ペーパー用」って言った。それでいいですか? と尋ねられて「はい」と返事をしたが、寸でのところで「あれ?」っと彼女の誤りに気づいて事なきを得た。
 以前にも「豆のまま」と言ったつもりが「ペーパー用」で渡されて「ありゃ〜!」ってことになって取り替えてもらったことがあるが、ふふふっ・・・こうなるとあのときも、どっちが間違えたかは、不明だな。
 で、渡された豆が「○○と△△と◇◇です」と。はいはい、と返事して受け取ろうとしたわたしに、横にいた店員が「◇◇じゃない、□□よ!」って言ってくれて、このときも事なきを得た。
 それにしても、わたしの注文を担当したわけでもないのにしっかりと聞いていてくれて、あなたはエライっ! ありがとうございます。
 しかーし、問題は彼女たちの間違いじゃない。わたしがちっとも人の言うことを理解せずに返事しているってことだ。これはかなりアブナイ領域に片足を突っ込んだってことだろうか?
 とにもかくにも豆は無事に買えた。そのあとは豆腐屋だ。
おぼろ豆腐湯葉豆腐と油揚げを2枚」と注文して渡された袋の中に湯葉豆腐じゃなくって湯葉が入っている。実はその前の週も同じモノを注文をして、やはり湯葉が入っていた。馴染みの店だったので、しかたがないなと苛立つこともなく幸いなり。
 前の週の間違いは言わずにおいた。そしてその誤りを告げると「ごめんごめん」と言って、湯葉を取り出して、今度は湯葉ひろうすを袋に入れようとする。彼女の手もとを監視していたのですぐに「違うってばぁ〜」で、ようやく湯葉豆腐が袋に収まった。
 たぶんわたしと彼女は同じような年齢だと推測している。そして、家に帰って袋の中に油揚げが3枚入っていた。余分の1枚はオマケなのか、それともわたしはちゃんと3枚分のお金を払っているのか? お金をいくら渡したのか覚えていないのでそのあたりは不明のままだ。
 最近、母と電話で話していても、彼女はわたしの訊くことにはちっとも回答をくれず、しゃべりたいことしか話さない。聞く気がないのか聞こえないのか? そのあたりが謎だったが、少し謎が解けてきた・・・かもしれぬ。

収穫してはみたものの。

「てーへんだ、てーへんだぁぁ」とオソージガカリさんが起きてきた。
 今朝、うち周辺の練馬区は初雪となりました。で、そりゃぁてーへんだわってことで、アイスパパイヤになってしまう前に、とほったらかしのパパイヤを急いで取り込んだ。
 どーしましょ、こんなにたくさんのミドリのパパイヤ。ソムタムが可能な程度には熟しているんだろうか? それが心配だ。
 実は、夏の日よけカーテン用に植えたパッションフルーツは花も実も成らないまま、まだ元気旺盛でうちに日陰をつくってくれている。律儀だ。実を成らせることに律儀であってほしかったが、残念だ。
 で、パパイヤなんだが、表面から泡状のミルクっぽいモノが浮き出てくる。あれは、なんだ? 触っても良いのだろうか? イチジクも実の根本からミルクが出てきて、あれに触れるとかぶれる。急に寒くなって、うちのパパイヤったら泡吹き出したのだろうか?

あっという間でした。

 ただ今、アタマにほんのちょっと違和感がある。たぶんそれは、検査結果を訊きに病院に行ったからです。以前も眼科に行って、そのあと3〜4日熱でふ〜ふ〜唸って、オソージガカリさんにも風邪をうつして4〜5日ふ〜ふ〜唸らせたことがあるから、冬季の病院は鬼門だ。
 今日、乳ガン検診の結果を訊きに行き、ようやく今年の分の健康診断を終えた。何事もなくって、良い一年だったに違いない。それにしても、練馬区の健康診断も大腸検査も肺ガン検査も結果を手紙で教えてくれるのに、なぜ乳ガン検査は病院まで行かねばならぬのでしょう? 順番を待って、部屋に入って座って、医者がわたしのレントゲン写真を見て「なんともありません」のひと声まで、一分もかからなかったよ。
 帰り道、わたしの無事を祝って割烹着を買った。そこは着物のリサイクル屋なんだが、一回千円で、着物の着付けを教えてくれると言ってた。そろそろ来年の話をしても鬼だって笑わぬでしょう。だから年が明けたいつの日か、泥染めにしようかしら、それとも大島紬、いやいや友禅の着物を持って教えを請いに行きたいものです。
 来年になる前に、10年ものの木の根っこを引っこ抜かなくてはなりませぬ。既に2本抜いて、まだ2本ある。そのあたりに電気のコードが埋まっているので乱暴なことできないから、小さなシャベルで掘り返し、出てきた根をハサミで切ったり、のこぎり挽いたり、まるで遺跡の発掘調査をしているような作業で、手間がかかる。だけど、やれば終わる作業は気が楽だ。
 あと10日ほどで阿佐谷ロフトのイベントです。久しぶりに会う人が多そうなので、この頃のお顔の弛みが気にかかっています。洗顔のあとにマッサージをやってみるのですが、効果が出る気配なし。法事でもらった栗ようかんと頂き物の栗まんじゅうやら、静岡で手に入れたみかん「はやぶさ」が旨くって、ダイエットどころじゃありません。美容は根っこ掘りのようにやればやっただけの効果が出るモノじゃないので、しくしくです。でもまあ、元気がなによりです。自慢できるほどそんなに元気じゃなくっても、久しぶりの人たちに会えるだけで嬉しいものだと、法事で思った。
 う〜む、それもこれも「旅行人・休刊!」のおかげでしょう。これに味をしめて、次は「旅行人・廃刊かも!」とか、いろいろ理由がつけられるかも!

イヤミが通じない。

 今日の夕飯は、豚汁がメインディッシュ(っていえるのかな?)です。今朝、つくりました。
 食材を刻んで鍋に入れて火に掛け、ほぼ完成したところで風呂に入った。煮物は鍋の中で冷めるときに味が染みこむのだと、なにかで読んでいたし、すぐに食べるわけじゃないから後でまた火を入れようと、弱火にしてあった火を消した。
 風呂から上がって台所にいくと、豚汁の匂いが充満してた。弱火のままじゃんっ! 消したのは、つもりだっただけ・・・。
 だから、今夜の豚汁は里芋汁になってしまった。
 しかし、焦げつかなかった鍋がエライっ! うちで二番目に高い鍋です。一番も二番も無水鍋といってぶ厚いアルミ製の超重量級の鍋で、フタも重くて蒸気が外に漏れず、豚汁の汁が蒸発しなかったのが良かったようです。ちなみに、一番目はご飯炊き用。簡単に美味しく(たぶん)ご飯が炊けます。
 それはさておき、といってもいつもどおり、たいした話じゃない。
 近頃、宅配のお届け係も集荷係にも、女性が増えたなぁ。自宅へは、ほぼ女性がやってきます。もちろん助手じゃなくって、運転も配達もひとりでこなしている。先週末には、運転手が女性のゴミの収集車を見た。助手席に年輩系の男性ふたりを座らせて、大きなクルマを運転する女性はたいていキリリとしていてカッコいいこと、9.5割。
 だのにだのに、近所の郵便局の窓口に座る若いオトコが、しょうもなくって、彼に当たった日には、それだけで腹が立つ。わたしはそこの窓口に座るパート風の年輩の女性の仕事ぶりが好きで、できるかぎり彼女の前に立つ。先週末、彼女がいなかった。
 きっとまたできないだろうなと思いつつも、彼しかいなかったので彼の前に立った。案の定、この夏以来、まだ仕事を覚えていない。局長に尋ねつつやった。しかも、不完全。
 隣りの彼女はいつもなにか書いていたわよ、とイヤミを言ってみた。したら、書いたはいいけど、間違ってるじゃんっ。
 以前、春の新人の女性もそうだった。そのときは「仕事を覚えてから窓口に座ってね」と、やはりイヤミを言った。だって、毎年そういう人が窓口に座って、誰かに仕事を訊ねながらやって遅いんだもの。そればかりか、訊ねられることによってわたしの仕事をしていた年輩の女性の手が止まってしまうのですよ。
 その後も年輩の女性を選ぶが、新人に当たってしまうアンラッキーな日がある。しかし、二度目、春の新人の彼女は完璧だった。あ〜しかし、今回のオトコはイヤミが通じない。これで四度目だ。仏の顔だって三度だっていうのに。
 問題は、彼を窓口に座らせる局長が悪いんだ。